難聴が脳に与える影響

脳は、身体全体の指令センターのような役割を担っています。とても大切な役割を担っている脳の活動が低下することに、難聴が何らかの影響を与えているとしたら、「最近耳が遠くなったような気がするけれど、年のせいかな」なんて放置している場合ではありませんよね!? 今回は難聴が脳に与える影響について解説します。

神経の可塑性

思考や行動、人が生きていくうえで必要なことのすべてを判断しているのは脳です。しかし普段は指令を出す側である脳が、身体的、精神的な症状に影響を受けて、活動が鈍ってしまうことがあります。

脳の活動に影響を与える身体的な症状の一つが、難聴です。難聴は年齢や人種に関係なく誰でもかかる病気ということもあり、難聴が脳に与える影響について、これまでも数多く研究が行われてきました。

興味深い研究結果がいくつか発表されていますが、そのなかの一つが、失われた感覚を補おうとする「神経の可塑性(かそせい)」です。何だか難しく聞こえますが、それほど複雑な話ではありません。

脳は生涯を通して変化している

 神経の可塑性とは、新しい機能や状況に対応しようとする脳が、神経回路の再構築を行うことを指します。

人間の脳内では、神経細胞が電子回路のようなネットワークを作って情報を伝達しています。電子回路と大きく違うのは、人間の脳はさまざまな環境に対応し、神経細胞の接合部分(シナプス)の働きを大きくしたり小さくしたりすることで、情報の伝わりやすさを操作できるという点です。

 私たちの記憶と学習を司るのは「神経の可塑性」です。自転車に乗れるようになったり、勉強して英語が話せるようになったりーーこのように私たちがものを覚えたり、また練習によって上手にできるようになるときには、新しい経験や体験などによって脳が活性化され、機能的にも構造的にも変化しています。このような変化を可塑性と言います。

 一方、「神経の可塑性」によって、使われない部分は退化してしまう、という困った面もあります。人間の体は不思議なもので「この器官はあまり使わないから不要なんだ」と脳が判断すると、その器官は退化していくと言われています。

難聴の場合、神経の可塑性はどのように働くか

難聴者の脳の中で起きていることをとても簡単に説明すると…

難聴が生じると、音から得る感覚が弱くなるため、脳は何らかの形で失われた感覚を過度に補おうとします。聴覚が衰えたぶん、触覚や視覚などをより鋭くしようと一所懸命働くのです。しかし余計に働いたことで、私たちはいつも以上に疲れを感じたり、集中力が低下したりします。

もちろん神経の可塑性のおかげで、難聴者は聴覚が低下しても、ある程度の症状までは対処できますが、その優れた機能のおかげで脳に有害な影響が出ることがあります。

例えば聴覚が低下すると、音声を処理する役目を担っていた脳の部分が活動しなくなります。聴覚から得られる情報を理解し思考するという、脳が本来持っている能力を活用しなくなり、劣化していきます。その結果、認知症の進行を早める可能性が出てきます。

難聴と認知機能の関係

難聴は認知症の危険因子です。

「難聴になると認知症のリスクが高くなる」。そんなショッキングな報告が厚生労働省から発表されました。2015年1月、厚生労働省は認知症の対策強化に向けての国家戦略である新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)を策定しました。その中で認知症の危険因子として、「加齢」や「高血圧」等と並んで、「難聴」が挙げられています。

また、新オレンジプランの中では、超高齢化社会と言われている日本について次のように述べています。

- 2012年、日本の認知症患者は推定462万人でした(厚生労働省調べ)
- 高齢者の4人に1人は認知症、またその予備軍
- 2025年には、患者数が700万人を超えると見られています

2020年、世界的医学誌LANCETで「アルツハイマー病協会国際会議」の総説が発表されました。認知症のリスク要因の中には、予防可能なものがあり、その中で一番大きなものが、「難聴を放置すること」であると報告されました。

難聴があると必ずしも認知症になるわけではありませんが、難聴によりコミュニケーションが少なくなったり、社会との関わりが減ったりすることで、認知機能に影響が出る可能性があります。

聴覚情報の重要性

聴覚情報は様々な情動を引き起こす非常に大事なものです。

会話コミュニケーションは、耳に言葉が入ることから始まります。耳で言葉を聞いて、脳で思考し、言葉で返す、というのが会話をするときの処理プロセスです。つまり聴覚は、思考をするための大事な情報源であり、この聴覚によって、「楽しい」「うれしい」などの情動を引き起こします。したがって聴覚は、コミュニケーションをする上でとても大事なのです。

難聴の進行をそのままにしておくと、コミュニケーションが不足し、孤立が進み、最終的には認知機能の低下やうつを発症するリスクが高まります。

難聴は早めの対策がいい理由

ほとんどの場合、難聴は徐々に進行します。そのため、特定の音が聞こえなくなったことに気付かず、「自分は難聴だ」と自覚するタイミングが遅れてしまいます。脳は音が聞こえにくくなっても、音の記憶をしばらく保っていますが、数年経った後はまったく忘れてしまいます。

補聴器は音を聞くことだけでなく、脳内の聴覚神経を刺激します。すると脳は他の感覚を鋭くする必要がなくなり、聴覚から得られる情報から思考を深める、という高次機能の働きを継続します。つまり補聴器が、健全な脳の働きをサポートするのです。

難聴の対処は早ければ早いほど良いのですが、多くの難聴者はなかなか対処しようとしません。自分が難聴だと認めたくないという気持ちがあるのかもしれませんが、難聴を数年放置すれば、脳にはかなりの変化が生じるでしょう。

解決策は、本人の意識、そして早めのケアです。あなたが難聴を自覚していなくても、聴力検査を定期的に受けることをお勧めします。そして、気になることがあれば早めに耳鼻科の医師に相談しましょう。

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